ポポDaily

うつ病無職のたわごとです

ブログへのアクセスは承認欲求につながるのか?

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ブログをはじめて一ヶ月が経過した。

とある記事が根強く伸びていた(といっても1日100PV程度)ので、それだけでも凄く嬉しかった。

純粋に他人に薦めたい・試してほしいことであったから。

私の記事がきっかけになり、ひいてはそれの知名度を押し上げているのなら願ってもないことだった。

 

ここ一週間、別のとある記事が爆発的に伸びた(といっても1日5000PV程度)。

上記に書いていることから推測できるように、100PVですら喜んでいるわけなので、1000PV以上なんて考えたこともなかった。

様々な人に言及され、掲示板に貼られ、よくわからないところからアクセスされ。

そんな経験は初めてだったので、喜びよりも驚きや不安のようなものが勝った。

 

何よりも「何万人に自分の文章を読まれた」ということに衝撃を受けた。

平均セッション時間も5分程度なので、しかもかなり丁寧に読んでくださっている。

ありがたい話だ。

 

作家や編集者、大手ライターにならないかぎり、ふっつーに生きていて多くの人に自分の書いた文章を読んでもらう機会は限りなく無い。

学生の作文ならば文化庁ナンタラ賞を受賞し全国紙に掲載されるとか。

恐らく地方の市政新聞なんかよりも(たった1つの記事ではあるが)恐らく読まれた。

そう考えると自分の書いたたかが記事の重さを感じる。

何万人もの時間を5分も頂戴したのだ。

 

 

さて、表題の「ブログへのアクセスは承認欲求につながるのか?」についての結果をお話したい。

結果、私は何も変わらなかった。

 

なんというか、アクセスが伸びるほど不安になった。

「悪く思わないか」「偉そうだと思われていないか」「詰めが甘いと思われていないか」「こんな記事が伸びてもよいのか」

記事を修正しすぎるのも逆にアクセスを意識しすぎていると思われてしまうのも、何だか申し訳ない気持ちになり、悶々と溜め込むことになる。

私は数字上の来訪者に対して、申し訳無さを抱くようになっていた。

 

嬉しいことに、私の書いた記事をわかりやすいと言ってくださる方も多い。

誰が読んでもわかりやすくあることを意識したこともあり、ありがたかった。

参考書やwikiは、初心者であった私には読み解くことが難しく、きっと私と同じように初めて触れる人は”わかったような気になる”以上の経験ができないと思ったから。

 

心のどこかで、「多くの人に読んでもらえたなら、支持してもらえたなら、承認欲求が満たされるのでは」という期待のようなものが一切無いとは言えない。

だが承認欲求どころかメンタルが不安定になるという、肝っ玉の小ささが露呈したのが現実であった。

 

またグーグルアドセンスの収益を1日に何度も確認してしまうのも精神衛生上よくない。

せいぜい100円を越えるか越えないか程度であるにもかかわらず、しばしば見てしまう。

余談であるが、ブログ飯等される方はどうやって生活が成り立つ程度の収入をアドセンス等で得られるのだろうか。凄すぎる。

 

ということでダラダラ書いてはみた。

引きこもりだからブログのネタがあまりないのも、このうしろ向きな考えの原因だろうな。